• Takayuki Tsuda

私を形成した先輩のはなし ~第一章~



不動産の話ばかりになるのもあれなので、私の話を少々…


私は、四国の愛媛県松山市で生まれ、高校まで過ごし、福岡大学への入学を機に、福岡にやってまいりました。なので、もうかれこれ、福岡歴(九州歴)は丸22年となり、愛媛にいた時間よりも長くなりました。


4年での卒業が危ぶまれるほど単位がギリギリで、ロクな就活ができず、たまたま当時の彼女と一緒に行った合同企業説明会に参加していた、とある会社の採用担当者に惹かれて、面接を受けて内定をもらえたので、私の、新卒としての就活は、この一社しか経験がありません。


そして入社した、その会社は、なかなかハードな会社でした 笑


営業として入社したんですが、取引先が建築・土木の企業さんだったので、朝も早く、月曜日はなんと6時出社!先週の営業報告と今週の目標を、営業部長同席による会議を経て、朝礼、営業訪問という流れでした。


朝8時を過ぎて社内にいると、営業部長から怒鳴られるので、取引先の現場訪問、会社訪問、取引のない会社への飛び込みをひたすらやっていました。その後、大体20時くらいに事務所に戻り、新規案件の積算および見積書の作成等の翌日に向けた準備を行っていましたので、ほぼ毎日、帰宅するのは23時を超えていました 笑


営業一課と二課があり、9名の営業がいましたが、もちろん一番年下なのが私で、次が3つ上、6つ上という感じでした。やはり年齢が近いので、このお二人と仲良くさせてもらい、社会人としての、営業としてのイロハを一から教えてもらいました(いろいろ豪快な方々でしたが 笑)。


就職氷河期の終盤世代だった私たちの世代は、ただ黙って座っていても誰かが何かを教えてくれる訳でもなく、自分から能動的に働き掛けないと、何も得られないし、何も得られず、営業として実績を上げられなかったら、新卒だろうが関係なく怒鳴られていました。


今じゃ考えられないんですが、当時の私はお酒がほとんど飲めず、焼酎の水割りの作り方すらわからない状態でした。けれど、上記のハチャメチャな先輩方が気にかけてくれて、飲めるようにもなったし、飲みの席での立ち回りも教えてくれたので、本当にありがたかった。


よく3人で、会社近くの居酒屋に飲みに行ってましたが、その場で話すのは、仕事の話は全体の10%もなく、ほとんどが遊びの話でした。こちらから、仕事のことで相談するときは、ちゃんと相談に乗ってくれるし、それが終われば、また遊びの話。今振り返っても、本当に楽しい時間でした。


意識しているわけではないけれど、これは今の私も同じで、会社の後輩等と飲みに行ったり、食事に行ったりしても、自分から仕事の話はほぼしません。なぜなら、そんなの楽しくないから。食事や飲みの席くらい、無礼講とは言わないまでも、先輩、後輩関係なく、笑って過ごしたいよね、っていうのが持論です 笑


その中でも、6つ上の先輩は、営業力もすごく、フランクで、面倒見もよく、立ち振る舞いもかっこよくて、キムタクのような、憧れの先輩でした 笑。もっと言うと、その先輩が、上述した、私の唯一参加した合同企業説明会に参加したときに惹かれた採用担当者でした。


私はこの会社を2年で退職し、その先輩もその後、割とすぐに辞めたと聞いています。


様々なことを教えてくださった先輩方に申し訳なくて、辞めた後に私から連絡はしづらかったし、距離的にも少し離れてしまったので、退職してから今で17年になりますが、一度も飲みに行っていません。どこで何をされているかもわかりません。


ただ、今の自分があるのは、この先輩のおかげだと言っても過言ではないので、本当に感謝しています。ありがとうございました。


万一、このblogを見てくれていたら、連絡ください 笑 当時はそのすべてに憧れていましたが、17年間、私も多少は成長しましたので、先輩よりもお酒が強くなっているかもしれませんし、立ち振る舞いも私の方がかっこよくなっているかもしれませんね 笑 なんなら、営業力も私の方が上かも… 笑



冗談はさておき、当時23歳だった私は今40歳です。当たり前ですが、皆平等に年を取ります。今、20代の方も、時間が経てば40歳になります(くどい)。こうやって私のように、その当時を振り返ったときに、いい意味で思い出される先輩に育ってほしいと思います。


仕事も大事だけど、人生、笑っていた方が楽しいからね。

いろんな方とのお付き合いを大切に。


老婆心ながら、乱筆、大変失礼いたしました…