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  • 執筆者の写真Bucho

のっぺらぼうな世の中に抗いたい。



こんにちは、buchoです。


朝晩が肌寒くなってきた今日この頃…いかがお過ごしでしょうか。先日、天気予報をみたときに気象予報士の方がおっしゃっていましたが、今冬は例年より寒くなる見込みのようですね。まだまだ日中は暑さを感じますが、あっという間に来月にもなると気温は大分下がり、一気に秋が到来。そしてすぐ冬になるようです。


以前より感じていたことなんですけど、秋って短くなったと思いませんか?暑い日が終わればすぐ寒くなる。これは今年に限ったことではないように思えます。昔から「食欲の秋」、「スポーツの秋」、「読書の秋」などと言いますよね。それはおそらく、一年の中で最も過ごしやすい季節だからだと思いますが、そんな秋こそ長くあってほしいのにここ最近は、ほんとに短く感じます。


一昔前よりコスモスが満開になる時期や紅葉の見頃が遅くなったのも、暑い時季が長期化したことが原因でしょうか。少しでも過ごしやすい時季が長くなることを望んでいます。


さて今日は、特にこれといったテーマがないんですが、人類の今後について書きたいと思います。テーマは壮大ですが、特に実のある内容ではないので悪しからず…。


結論から言うと、人間は「考える」とか「工夫する」ということをすることのない生物になるのではないか。と思っています(おおー、いきなり哲学的!笑)。


私が生まれたのは1981年(昭和56年)。たぶん、この世代って、いわゆる「文明の進化」を、もっとも体感してきた世代なんじゃないかと思っています。


今でこそ当たり前となったスマホ。このような端末を私が初めて手にしたのは中学3年生。ポケベルでした。自宅にある固定電話で数字をプッシュし文字を送っていました。当時はたしか「アーキス」という機種が初めて、今でいう顔文字のような文字を送れるようになり、一世を風靡しました。


それから少し時間が経ち、高校2年生のときにPHSを手にしました。当時「ピッチ」と言っていましたが、要は携帯電話のようなもの。通話は自宅の固定電話もしくは公衆電話だった時代に広く普及し、通話の概念が少し変わりました。


PHSを卒業し、初めて携帯電話を手にしたのが高校卒業の少し前。2000年2月頃でしょうか。すでに所有している人はいましたが、私が手にしたのは、初めて折り畳みが可能となったドコモの「N501」という機種。これ使っている人、たくさんいましたね。


それから大学に入り、たぶん2年生だったと思うんですが、ドコモからJ-PHONE(現ソフトバンク)に変更しました。理由は、写真を送る機能がついた携帯が発売されたからです。この世代に生きた人って、いまだに写真をスマホで送ってもらうとき「写メ送って!」って言いますよね 笑


そして、今と同様、スマホに至ったのはたぶん2010年頃。当時購入したのは「iPhone3」だったと記憶しています。Googlemapやストリートビューに衝撃を受けたことを今でも覚えています。


通信端末だけではありません。


たとえば、音楽。私が中学生頃までは「カセットテープ」に録音していました。それが「MD」に変わり「CD-ROM」に変わり、今はダウンロードやサブスクが主流です。


テレビゲーム(もうこの呼び方が死語)もそう。幼少期はファミコン。小学生時はスーパファミコン。中学になるとプレステ…。今はswitchもあるし、そもそもこのようなハードも不要で、スマホやパソコンのオンラインゲームもある。同世代の人は分かると思いますが、PCエンジンやメガドライブ、セガサターンなんてのもありましたね 笑


フロッピーディスクも今やもうほぼ使われていないでしょう。だから、ジェネギャのある飲み会等では、年上が若い子に「ドクター中松って知ってる?」とか聞いてたりする。知ってる訳ないよね 笑


書いてる間に楽しくなって、前振りが長くなってしまいましたが、これらの進化のおかげで人間は「より便利な生活」を手に入れましたが、今後は、良くも悪くも「より便利な生活」が加速するのは火を見るより明らか。


でも、便利になる反面、日々の楽しみが失われてしまいますよね。


すべて自動運転化されたら、車の運転が好きな人はどうなるのでしょうか。マニュアル走行用のルートが設けられ、通行にお金がかかるようになるのかな?これまで運転は人間がするものだったのに、少数派になるとお金がかかる…。うーん、って感じですね。


長期休暇には旅行に行きたいから、旅行資金を貯めるために仕事を頑張ろう的なことも、実際の旅行と同じ臨場感のバーチャルで、いつでも、好きなところに行けるとなれば、そのようなモチベーションも低下してしまう。こわい世の中ー。


最終的には、人間はAIに支配され、考えたり、工夫したりしなくても、その個人の行動の最適解が用意され、それに抗うことなく事を進めれば何事もノーミス。仕事ができる、できないなっていう概念はなくなり、皆がただの作業員化。


こんな世界、なにがおもいしろいのか、と私は思ってしまいます。


私は今41歳。人生100年時代と考えれば、あと59年生きる訳ですよね。今、AI化の研究・開発を進めている方々には申し訳ないんですが、この約60年、文明は現状維持でいい。世界がおもしろくなくなりそうだから。


でも、こんな考えこそが、未来の人類にとってはエゴと思われてしまうんでしょうね。すべて合理化されAIが支配した世の中では、私のようなエゴを唱える者は危険分子とみなされて、ロボットに淘汰されるのかな。あー、嫌な世の中!


でも、そんな時代はもう目の前に来ています。


私としては、危険分子認定されるまでは、文明の進化になんとか抗いながら、良くも悪くも人生を楽しみたいなーと思っていますが、皆さんはどう思われますか?笑


ではまた。



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